レディオヘッド

出身地は英国の古い学生街であるオックスフォード。前身バンドはOn A Fridayという名だったが、メンバーが大学卒業後の1991年にレディオヘッドと改名し、オックスフォードで共同生活を始めた。当時は働きながら練習や演奏活動を続け、各所にデモ・テープを送っていた。

1991年末にビートルズが契約していたことで知られる英EMI傘下のレーベル、パーロフォン(Parlophone)と契約。契約条件はアルバム6枚分で、2003年リリースの「Hail to The Thief」でEMIとの契約は終了した。EMIとの契約終了後、バンドはレコード会社へ所属することをやめ独立。2007年にアルバム『In Rainbows』をオフィシャルサイトでリリースした。現在はインディーズバンドとしてXL Recordings(日本ではHostess Entertainment)を通してタイトルリリースを行っている。

『In Rainbows』リリース以降はレコード会社の契約に縛られることなくマイペースな制作活動を行っており、長期休暇の際はメンバーが各自ソロ活動や社会活動を行っている。

Wikipedia:レディオヘッド


オン・ア・フライデー

レディオヘッドの前身バンド。メンバーがオックスフォードの高校生だった1985年頃に結成。毎週金曜日に練習をしていたためにこの名前がつけられた。初ライヴはオックスフォードのジェリコ・タヴァーン。一時期女性サックスプレイヤー2名が参加していたこともある。メンバーの進学や進学に伴う引っ越しなどで一時活動休止状態となるも、夏休みなどの長期休暇を利用して活動を続け、大学卒業を待って本格的なバンド活動を再開した。

英EMI傘下のレーベル パーロフォンとの契約を機に、トーキング・ヘッズのアルバム『True Stories』の収録曲「Radio Head」にちなんで、バンド名をRadiohead(レディオヘッド)と改名した。


トム・ヨーク

1968年10月7日、ウェリンバラ生まれ。ヴォーカル・ギター・ピアノ担当。父親は核物理学を学び、機械の販売で各地を回っていた。母親はアートスクール卒業後、ファッションデザイナーをしたあと家庭に入った。実弟のアンディ・ヨークもトムと同じくミュージシャンとして活動している。学生時代から交際していたパートナーとの間に一男一女2人の子供がいるが、パートナーとは2015年に破局。

生まれたときに左目に障害があり、6歳までに5回の手術を受けている。最後の手術後は1年間の眼帯生活を強いられた。1年に2回転校したこともあり、同級生にかわかわれて深く傷ついたという。また、この頃は”サラマンダー”というあだ名が付けられていた。目をキョロキョロさせていたことからついたあだ名だったが、トムはイモリを意味するこのあだ名が嫌いで、名付けた同級生とケンカした。父親の仕事の都合で英国各地を転々とする生活を続けていたが、9歳の頃にオックスフォードに落ち着く。8歳でスパニッシュ・ギターを手にしたことで、自分がポップ・スターになりたかったことを知る。10歳で最初のバンドを組みギターを担当し、2つめのバンドTNTでヴォーカル担当が居なかったため次第にヴォーカルをとるようになる。TNTはドラマーとの衝突により脱退。オックスフォード郊外の全寮制男子校、アビントン・スクール在籍時に学校の友人達とバンドを結成、ベースのコリン・グリーンウッドとはパーティなどでよく顔を合わせていた。エクセター大学へ進学後は芸術と文学を専攻。大学ではフリッカーノイズというテクノバンドでギターを担当した。

ソロ活動については2000年頃から噂されていた。噂だけが先行する中、2006年5月11日にDead Air Spaceでトムがソロアルバム用のWebサイトtheeraser.netのURLをポストし、ソロアルバムのリリースを発表した。『Hail to The Thief』同様リリース直前に音源がネット流出するという事件が起きてしまったものの、XL Recordingsから2006年7月5日に発売された。リリース時にはGoogleマップと携帯電話を連動させユーザの所在地をマッピングするmoblipやアルバムのジャケットに描かれたロンドン市内の建物の前にiPod nanoを設置した試聴キャンペーンなど、リスナーを巻き込んだ様々なWebキャンペーンを展開。また、クリスマスプレゼントとしてリミックス曲2曲を期間限定で無料配信した。

The Eraserのリリース以降バンドの制作活動やツアーでソロ活動はしばらく行っていなかったが、2009年7月のラティチュード・フェスにソロで出演したことがきっかけとなりThe Eraserの曲をバンド形式で行いたいと思いはじめる。その後ナイジェル・ゴドリッチの人脈を頼りにメンバーを集め、同年10月にLAでライヴを行った。当時このバンドに名前はなかったが、のちにAtoms For Peaceとして活動をスタート。2011年には米西海岸ツアーやフジロックへ出演し、2013年3月にアルバム『Amok』をリリースした。2013年には大規模なワールドツアーを行っている。AFPは各メンバーのサイドプロジェクトとして行っているため、彼らのスケジュールが合うときに活動を行っている。

Wikipedia:トム・ヨーク


ジョニー・グリーンウッド

1971年11月5日、オックスフォード生まれ。ギター、キーボード担当。ライヴではギターの他にグロッケン、メロトロン、オンド・マルトノなども演奏する。コリン・グリーンウッドの実弟で、バンドには最後に加入。On A Friday時代、一番年下だったジョニーは兄と一緒にバンドに入りたい一心で他のメンバーに何度追い返されても強迫観念的に参加を要求した。最初はハーモニカなどを演奏していたが、キーボード奏者を経てその後始めたギターが急速に上達し、トムやエドに追いついた。オックスフォード・ポリテクニックでは心理学を専攻したものの、すぐに中退している。

2001年10月のワールドツアー終了後、休暇中に映画のための音楽づくりに取り組み2003年11月に初のソロ作品『Bodysong』をリリース。翌2003年には3年契約でBBCの専属作曲家に任命され、「Popcorn Superhet Receiver」を発表、BBC Radio3のリスナーによって選ばれるブリティッシュ・コンポーザー・アウォード2006を受賞した。その後もポール・トーマス・アンダーソン監督の作品や日本映画『ノルウェイの森』等のスコアを手がけている。現代音楽家のスティーヴ・ライヒやクシシュトフ・ペンデレツキとも交流がある。また、レゲエファンでもあり、レゲエ/ダブの老舗レーベルであるトロージャン・レコーズからレゲエ・コンピをリリースしたり、中東やインドの音楽にも造詣が深くイスラエルのミュージシャンに楽曲提供や公演をともにしたりなど、幅広く活動を行っている。

Wikipedia:ジョニー・グリーンウッド


エド・オブライエン

1968年4月15日、オックスフォード生まれ。医師の家庭に育つ。ギター、ヴォーカル、ハンサム担当。オックスフォード郊外の全寮制男子校、アビントン・スクール在籍時はコリン・グリーンウッドと同じ演劇部に所属。マンチェスター大学では政治学を専攻。『KID A』制作時にはオフィシャルサイトで日記を綴り、DASやインタヴューでも新譜についての重要情報をポロリ発言することが多く、ファンに近い存在である。

2008年にアーティスト自らが作品の権利を所有し、流通などをコントロールするための権利を主張する著作権管理団体Featured Artists Coalitionを設立し活動を行っている。

Wikipedia:エド・オブライエン


コリン・グリーンウッド

1969年6月26日、オックスフォード生まれ。ベース担当。マッシヴ・アタックのメンバーにギターを教えていたという過去を持つ。ギターのジョニー・グリーンウッドは実弟。 オックスフォード郊外の全寮制男子校、アビントン・スクールに入学。トム・ヨークとはパーティーなどでよく顔を合わせており、トム脱退後のTNTに加入するもトムと同じくバンドの活動に不満を抱いていた。スクールでは演劇部に所属。演劇部の仲間にはギターのエド・オブライエンが居た。ケンブリッジ大学のピーターハウス・カレッジで英語学の学位を取得。読書家/勉強家で、現在も大学との関係を大切にしている。

ソロ作品はリリースしていないが、仲の良いミュージシャンが手がける作品にベースで参加することがある。2013年秋にはファッションブランド、ドリス・ヴァン・ノッテンのランウェイ音楽を手がけ、ショーでは彼自身が演奏を行った。

また、アフリカ全土でユニセフが支援しているプロジェクト、子どものラジオ基金に参加。アフリカの若者の対話、リーダーシップ、社会的関与、アクションの機会を創出するためにラジオ局や青少年団体と連携して教育活動を行っている。2013年にはグローバル大使として1月19日から11日間南アフリカで活動を行い、現地での活動を知らせるためにw.a.s.t.e.内に団体(Children’s Radio Foundation)の頭文字CRFをコリン流にもじった活動報告サイトColin Radio Frequency(コリンのラジオ波)を開設した。

Wikipedia:コリン・グリーンウッド


フィリップ・セルウェイ

1967年5月23日、ヘミングフォード・グレイ生まれ。医師の家庭に育つ。ドラムス担当。オックスフォード郊外の全寮制男子校、アビントン・スクール在籍時は学校で数少ないドラマーの一人だった。リヴァプール・ポリテクニックでは歴史学と英語を専攻。

2010年にアコースティック色の強いソロアルバム『Familial』をリリース、同年にUK、欧州、日本ツアーを行った。Wilcoの2010年UKツアー3公演のサポートも務めている。2014年にはセカンドアルバム『Weatherhouse』をリリースし、2015年にワールドツアーを行った。

学生時代から自殺防止活動団体のザ・サマリタンズ(The Samaritans)に参加し、広告塔として活動を支援。2002年には団体の活動資金を得るため愛用のドラムセットや『OK Computer』のコールドディスクを提供したり、ロンドンマラソンに参加しチャリティを募った。サマリタンズは2010年に辞職。その後はオックスフォードにある子供のためのホスピス、ヘレン&ダグラスハウスが主催するチャリティイベントへの出演や、オックスフォードの若者がアートプロジェクトやパフォーマンスを行う場として活用されているペガサス・シアターの支援など、地元に密着した支援活動を行っている。

Wikipedia:フィリップ・セルウェイ